なぜ科学的根拠(エビデンス)よりも誰かの間違った話を信用してしまうのか?

なぜ科学的根拠(エビデンス)よりも誰かの間違った話を信用してしまうのか?

不安を感じているときほど友達からのアドバイスは疑いましょう。

なぜなら科学的根拠に乏しい迷信やフェイクニュースであっても信じてしまう可能性が高いからです。

それによって事態が余計に悪化してしまうこともあります。

統計データよりも科学的根拠のない「人の話」を重視してしまうとき

テキサス大学が意思決定に関する研究について発表された61本の論文を分析しました。(メタアナリシス)

その結果、人々は誰かの話よりも統計データを信用する傾向にあることが分かりました。

しかし感情的な関与が高まると信憑性の高いはずの科学的な統計データよりも人の話を信用しがちになるということも分かりました。

具体的には自分自身に大きな影響が出ること、健康に関すること、脅威となることです。
これらの内容について判断するとき科学的根拠のあるデータよりも人の話を重視してしまう傾向があるのです。

なぜ自分のことになると科学的根拠を軽視するのか?

なぜ自分の健康や脅威に関する事柄の判断では科学的根拠のある統計データより人の話を重視してしまうのでしょうか?

それは人は不安になると温かさや優しさを求めがちだからです。

ウイルスが蔓延して不安になっている状況を想像すれば分かりやすいと思います。
ワクチンを打つことで感染を防げるという科学的なデータをニュースで知ったとします。

そのとき友達が「ワクチンの副作用は危険なんだよ。そもそもウイルスで死ぬことはないんだから大丈夫。あなたが心配だから打たないでね」という話をしたとします。

この場合、科学的なデータはただの情報でしかありません。
しかし友達の話には情報にプラスして安心させる言葉や優しさというオマケがついています。

不安なときは自分を安心させてくれる優しさを欲していますからオマケつきの友達の話のほうを受け入れてしまうということです。
自分が不安になっているときはこのようなバイアスがかかりがちなのです。

それを裏付けるように先に紹介したテキサス大学の研究では健康や脅威に関する内容でもそれが他人についての事柄であれば統計データの方を重視することが分かっています。

他人事ではあれば自分は不安を解消したいという欲求を持っていないので客観的に正しい情報を選ぶことができるということです。

不安なときほど科学的根拠を求めよう

世の中には正しそうに聞こえるけれど何の根拠もない話をする人が大勢います。
不安なときはそういった話を信じてしまいがちです。

実際に不安なときは他人の話の信憑性を判断しようとする意識が薄くなり話をそのまま受け入れてしまうという研究もあります。占いやカルト宗教を信じてしまう理由の一つでもあります。

不安なときこそ科学的根拠はあるのか?という視点を忘れないようにしましょう。

逆に誰かにウソを信じ込ませたいときは不安なときを狙って心配してそうなフリと共感を示しながらもっともらしい口調で話せば良いということです。

参考文献:Traci H. Freling, et al.(2020).When poignant stories outweigh cold hard facts: A meta-analysis of the anecdotal bias