山一證券、最後の社長の涙の会見はなぜ社員のその後を助けたのか?

山一證券、最後の社長の涙の会見はなぜ社員のその後を助けたのか?

1997年に4大証券の一角を占めた山一證券が不正会計により自主廃業をしました。
この出来事は「金融機関は潰れないし、国が潰さない」という神話が崩れた出来事として多くの人の記憶に残っています。

『しんがり 山一證券 最後の12人』(清武英利 著)という本にもなっています。
2015年にはこの本を原作に「しんがり 山一證券 最後の聖戦」というドラマも放映されました。

この事件ではもう一つ人々の記憶に強く残っていることがあります。
それは山一證券の最後の社長である野澤正平氏の涙の記者会見です。

不正に関与した前任者の後を受けて社長に就任した野澤氏が会社の立て直しに奔走しますがその甲斐むなしく自主廃業を決めた時に「社員は悪くありませんから(省略)再就職できるようにお願いします」と涙ながらに頭を下げた記者会見です。

この模様はテレビで日本中に流され多くの人々の心を打ちました。
それが社員たちのその後の再就職にも良い影響を与えたと言われています。
就職氷河期だったにも関わらず社員数よりも多くのオファーが来たのです。
(部門ごと他社に引き継がれたところもありますから単純比較はできませんが)

だからといって謝罪の場で涙を流すことが必ずしも良い影響を与えるとは限りません。

泣いたり土下座をしても相手の行動は変化しない

悪いことをしたり失敗をした時にただ謝るのではなく泣いたり土下座をしたりする人がいます。
不正が発覚した企業や不倫や闇営業がばれた芸能人などの謝罪会見でもよく見られる光景です。

確かにこういった行動が加わることによって印象が良くなることはあります。
しかしそれによって許してもらえる可能性が高まるということはありません。
それを見た人の行動が変化するということもないのです。

クイーンズランド大学のホンジー・マシュー教授らは謝罪時に非言語のデモンストレーションが伴う場合にそれを見た人の反応が変化するかどうか調べました。

実際に起きた事件で謝罪している人の写真を加工して涙を追加したり跪いたりさせたもの実験の参加者に見せました。
ちなみにその時に使われた写真には福島第一原発事故のもの等が含まれています。

実験の結果、泣いたり土下座したりお辞儀をすることでその謝罪が本物であるとみなされやすく好意的に受け取られやすいということが分かりました。

しかし良い印象を与えたからといって許しやすくするかどうかには関連がないということも分かりました。
つまり土下座しようが泣こうが許してもらえるかどうかには影響しないということです。

野澤正平社長の会見はなぜ人の心に響いたのか?

謝罪をするときに泣いたり土下座をしてもそれを見た人の行動には影響をしないのであればなぜ山一証券の野澤正平社長の涙の会見は人々を動かしたのでしょうか?

元も子もない話ですが社員がその後の再就職に困らなかったのはそもそも彼らが優秀だったからです。

今現在も金融の世界には山一證券出身の人が多くいますし私も一緒に仕事をしたことがありますが実力のある人が多いです。
社長や役員をやっていたり起業している人もいます。

これが同じ金融業でも他の詐欺まがいの商品を扱っている会社だったら社員のその後は悲惨なものになっていたでしょう。

ただし社員が優秀なだけだったらそこまでのはオファーは無かったはずです。

当時の大手の金融機関は今以上にエリートが働く場所というイメージが強かったのです。
自主廃業をして「ざまあみろ」と思っている人もいたはずです。

こういった記者会見をするにはスタートから不利な状況だったのです。
特に横並びを良しとする日本では高給取りというだけで僻まれます。

それでも世間の同情を集めたのはその立場にいる人間が恥も外聞もなく頭を下げたからです。

同じ行動をとっても誰が行うかによって人の印象は変わります。

大手金融機関の社長と聞いてどんなエリート面した人が出てくるんだろうと思っているところに申し訳なさそうな顔をした野澤社長が出てきたのです。
野澤社長が泣いて頭を下げたから人々の心を打ったのです。

冷たそうな雰囲気のエリート面した人が同じことをしてもここまで心を動かされなかったでしょう。

そしてこれは最も大切なことですが日頃の行動が謝罪には大きく影響します。

そもそも野澤社長は不正に関与していません。
会社をなんとか立て直そうと奔走していたのです。

それは叶わないとなり今度は事後処理に当たったのです。

そして多くの人がそれを知っていました。

だから会見を見ていた人の心を打ったし行動を起こさせたのです。
野澤社長自身もその後複数の会社で社長や相談役を歴任しています。

つまり何が言いたいかというと謝罪時にどのようなパフォーマンスをしても普段の行動が誠実でなければ相手の心には響かないということです。
謝罪の効果を高めるためには普段の態度が大切なのです。

当然ですが私は当時の山一證券の中にいた人たち数人からしか話を聞いたことはありませんから社員だった人の中には複雑な思いを抱えている人もいると思いますし、会見を見た人の中にはわざとらしく感じた人もいるはずです。

それでも多くの人の心を動かし社員のその後にも少なからず良い影響を与えたという意味においては数少ない成功した会見といえます。

参考文献:清武英利 (2013)『しんがり 山一證券 最後の12人』
Hornsey, M. J, et al (2019). Embodied remorse: Physical displays of remorse increase positive responses to public apologies, but have negligible effects on forgiveness. Journal of Personality and Social Psychology. Advance online publication.

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